ごあいさつ

「人は人によってこそ、ケアされる傷があるのでは」という思いから、臨床心理学を大学院で学び、卒業後2007年から現場で様々なお話をうかがってきました。

児童養護施設に始まり、言葉にならない思いを抱えた子どもたちと向き合い、子どもたちのむき出しな様々な感情が自分に向かって発せられる体験をしました。当時、臨床1年目の自分は、激しい感情を受け止めるのもままならず、「人と人との心の交流はたやすいものではない」と自分の至らなさを痛感しました。

並行して、大学の付置機関であり、トラウマケアを主とする心理臨床センターで犯罪被害に遭われた方や虐待に遭われた方々の臨床を10年間ほど続けていきました。「傷つけられた体験を消し去ることはできない。では、自分にできることは何か」を常に考え続け、相談者の方々が何を求めていらっしゃるかを出来るだけ丁寧にうかがっていきました。そこでも、人を理解することの難しさ、更にトラウマによっての傷つきを抱えた方の苦しみを聞きとり、その苦しみを生きぬくことの困難を学びました。

他にも、クリニックでは約7年間、会社員の方の職場のストレスや人生が思い通りにいかないことへのやりきれなさ、家族関係での傷つきのご相談をうかがい、どのように対応していったらよいか、どのように苦しみを少しでも減らすことができるかを皆さんと考えていきました。クリニックでは様々な病状を抱えた方々とのカウンセリングを行い、皆さん、個々に異なった背景や考えをお持ちである中、その方の目標や幸福につながることを意識しながら、個々の方々にフィットする考え方や行動を提案してきました。

保健センターでは、検診時にお子さんの発達の様子をうかがい、お母さんたちの子育ての困難さに耳を傾けてきました。ひとり思いつめ、子育てに思い悩むお母さん方に、肩の力をできるだけ抜いていただき、「十分よくやっていらっしゃる。」とお伝えしてきました。

大学の学生相談では、「周囲とうまくやれない」「家族関係」「成績」「就職について」など様々な訴えのもと訪れる学生さんたちと対話を重ねてきました。自分の知り得る世界の中で、何とか問題を解決しようとされる学生さんに、様々な角度からの問題解決の提案と「今がうまくいかなくても人生は長く、生きている限りとりかえしはいくらでもつく。」と伝えてきたつもりです。

また、大学医学部付属病院では、グループや個人面接でネット依存のご本人やご家族のご相談にのってきました。ネット依存という現象の一側面にのみ注目すると、その裏にある当事者の方の真の苦しみを見逃してしまうとご家族の方々にお伝えしてきました。根本的にどのような問題や困難を、ご本人やそのご家族が抱えていらしたのか、またその解決策を皆さんと懸命に考えてきました。

今振り返ると、様々な職場を非常勤でかけもって、臨床経験を重ねてきました。特に、大学の心理臨床センタークリニック学生相談での勤務年数は7~10年であり、自分の根幹を作っているものかと思われます。
また、現在の職場である大学病院も病院でのネット依存治療への関わりも、現在の自分の在り方に多いに影響を与えているものと思われます。

いずれの人の悩みや不安にも、そうならざる得ない経緯がありました。不幸になりたい人はいないと思っています。

また、過去をみつめることが今後の問題解決や生きやすさにつながると思っております。やはり諦めたらそこで絶たれてしまう可能性もあります。

今は歩みだすことが苦しくとも、いつか歩みだすことはできると私は考えています。

皆さんが悩みと向き合い、生きていく中で、その道中にそっと手を添える思いで、共に歩むことをイメージしてこれまでの臨床を続けてきました。

一人で歩むのが辛い時、その歩みをどうぞ共にさせてください。

                                                                                                           臨床心理士・公認心理師 用松 涼子