「私は、スーパーバイズは治療者のリペアーだと思っている」
約10年間私の臨床を支えてくださった先生は、スーパーバイズのことをこのようにおっしゃっていました。
その先生は約1年前にご病気で亡くなられました。
約10年間、隔週で受けてきて、計250回ほどでしょうか。
端的な言葉で私の傾向や臨床の在り方や癖を気付かせてくれました。
電車が止まって再開の目途が立たなかった時に、スーパービジョンの
予約の変更をお願いしようと何度か連絡しました。
結局なかなか連絡がつかず、いろんな電車を乗り継ぎ、何とか先生のもとへ辿り着くことができました。
何とかたどり着いた私に残された短い時間で先生は静かにこうおっしゃったのをよく覚えています。
「君が最初にとった行動は休む連絡。こういう急な事態に、その人の特性はよくあらわれる。君はあきらめが早い。」
そしてさらにこのように仰いました。
「君があきらめることで今日相談しようと思った面接が今後どのようになるかを考えたことはあるか。もしかしたら、その面接をここで相談する日はこの先こないのかもしれない。」
叱るのではなく、静かに問いかけてきました。
私は初めて、「あきらめること」について深く思いを巡らせました。
このことがあってから、私はよくよく自分があきらめそうになっていないかを考えます。
自分にできないことを無理にやろうとすることとは別の話です。
自分のできること、自分の責任、自分の覚悟をよく自分に問いかけます。
約10年間先生が亡くなるまで私は自分の在り方を少しは自覚できるようになったけれど、
変わることはほとんどできていないのではないかと思います。
でも、ここまで臨床を続けることができました。
先生の仰っていたような「優れた臨床家」とはとても言えない自分だけれども、私に話をしてくれる人がいる以上、続けていこうと思います。
「君は臨床家なんだよ」と言ってくれた先生の言葉が胸に残っています。
先生の言葉は私の中の臨床の教科書となり、臨床の日々で先生の言葉がふっとよみがえります。
先生が何もお話しなさらなかった30分の沈黙の日も私には貴重な学びとなりました。
私は今も先生のスーパーバイズを受け続けているのでしょう。
私の本当にわずかながらの成長を見守ってくださった先生が私にいたことを幸運に思います。
先生、ありがとうございました。